太平洋で再エネ100%を目指す

中央大学名誉教授  國生剛治

太平洋で我が国の再生可能エネルギー100%実現を!!!

ー低緯度太平洋メガソーラー帆走筏構想とその成立性ー

2050年までに我が国のカーボンニュートラルを目指すとの大きな目標を掲げた我が国ですが、それを実現するための具体的手段については明確には示されていません。従来の火力発電のCO2貯蔵技術併用による継続使用や、議論の多い原子力発電の再稼働を前提とし、国内での太陽光・風力など陸上の自然エネルギ-を可能な限り開発できたとした場合でも目標到達は困難です。

そこで注目されているのが国土沿岸での洋上風力に大幅に依存するシナリオです。すでにデンマーク・英国など北欧諸国では海底に基礎を固定する着床式風力発電所を多数実用化していますが、その水深は50m程度が限度となっているため、遠浅海岸の少ない我が国では立地点が限られます。そこで、深い水深でも立地可能な浮体式風力発電が注目を浴びています。この方式では基礎は固定せず、海底にワイヤーなどで係留された浮体の上に風車発電機が取り付けられ、200mを超える水深でも可能とされています。英国が北海の海底資源開発で獲得したノウハウを応用して技術開発の先頭を走っており、近々実用化段階に入るとされています。日本はじめ台湾やアジア諸国への技術売り込みも計画しているようです。実際、日本政府はこの浮体式風力発電であれば広い立地点が選択できるとしてカーボンニュートラル実現の切り札と考えていることがNEDOの調査報告書などから推定されます。

ただしその技術的・経済的成立性については先行している欧州でさえ未だ実証されておらず,ましてや台風・地震・津波など自然災害が多く風況も北欧とは異なる我が国沿岸への適用可能性については解決すべき課題は山積みと思われます。計画では11020W出力、風車直径200250m、海面に浮かぶ浮体からの高さ250300mの構造物を水深が数100mの沖合に2050年までに数千基建設し運転保守することになり、日本としてかつてないチャレンジングなプロジェクトとなります。 浮体式洋上風力を主体とするカーボンニュートラル化は欧米・東アジアを含めた世界が一致して目指している方向であり、我が国でも是非とも成功させる必要があります。現在NEDOの浮体式風力のプロジェクトが沿岸数か所で進行中ですが、現時点で明らかな技術的見通しは未だ公表されておらず楽観を許しません。さらに我が国では伝統的に沿岸域での漁業権が尊重されてきた社会的背景があり、計画実施に当たってはその調整が大きな制約条件となる可能性を考慮しておく必要があります。 このように考えると、日本の将来の基幹エネルギーとして膨大な必要量の自然エネルギー開発を浮体式洋上風力だけに絞るのではなく、他のエネルギーについても可能性を追及し開発していくことが我が国のエネルギーセキュリティー上から必要と考えられます。もともと、風力エネルギーは高緯度で風況に恵まれたヨーロッパ諸国で開発が始まり、現在の沿岸洋上浮体式による大型化への世界的流れとなってきています。それに対し我が国のような中・低緯度の東アジア諸国で海洋での大規模太陽光利用の構想がほとんど語られてこなかったことは奇妙と言わざるを得ません。 これに関し、太平洋に面した我が国の特性を生かし、我々は10数年前(福島原子力事故の前)から自然エネルギーを基幹エネルギーとして大規模利用するための開発構想を独自に提案してきました。それは太平洋低緯度公海上で大規模なメガソーラー筏船団が移動しながら,従来とは桁違いの規模で太陽光エネルギーの利用を図るものです。近年の太陽光発電やエネルギー輸送技術の急速な発展により、従来は夢物語と思われてきたメガソーラー筏によるこのエネルギーシステムが現実味を帯びてきました。 この構想の最大の特徴はメガソーラー筏が一か所に係留されることなく、最適の太陽エネルギーを求めて常に低速帆走する点です。これにより熱帯低気圧などを回避し良好な海象条件で操業することで、筏の設計条件を大幅に緩和できる点も大きな長所です。公海上を商業活動を目的として航行することは国際海洋法の理念からして当然認められるべき権利ですから,航行しながら発電することも基本的に自由であると主張する根拠は十分あります。従来の船舶とは異なる筏のような構造体の新たな海洋利用について前例は皆無ですが、地球環境を守るための人類のエネルギー利用パラダイムシフトを目的とすることで十分国際的合意が得られる素地があり、国際海事機構(IMO)のような国際的場において安全面に十分配慮しつつ従来の公海利用形態との調整を図りながら合意形成を図ることは可能と考えられます。 メガソーラー筏の究極的には25km25km×5km)の大面積化を目指した場合,1日で得られる単位面積当たりの太陽エネルギーを8 kWh/m2,ソーラーモジュールの電気変換効率を12%(現時点の家庭用太陽電池の値)で試算すると、昼間の日照時間のみの発電にもかかわらず24時間連続稼働する100kW級の原子力発電所の電力に匹敵します。南北太平洋の低緯度海域で,メガソーラー筏や母船などからなる船団が長期気象予報技術を活用して晴天域を低速帆走しつつ,太陽光発電をします。 太平洋低緯度海域には1日あたりの日射量が年平均6.0 kWh/m2/day以上の海域は帯状に広く拡がり,赤道から南緯15°には6.57.0 kWh/m2/dayに達するオーストラリアやサハラ砂漠を凌ぐ広大な海域が存在します。これらの低緯度海域を筏船団が可動性を生かし季節変動を考慮しながら回遊することで, 8.0 kWh/m2/day(国内平均の2倍以上)の日射エネルギーを得ることは十分可能です。また低緯度海域は高緯度海域より全般的に風は穏やかであり、年平均風速は 37 m/sで風向も安定しています。それに伴い波浪条件も比較的静穏で冬場でも平均波高は2mを超えず夏場は1m程度です。

一方、この構想の成立性に深刻なリスクとなり得る熱帯低気圧(台風・ハリケーン・サイクロン)についてですが、赤道から±5°以内は地球自転によるコリオリ効果が作用しないため原理的に発生・存在ができません。さらにその危険性がほぼゼロで(南極寒流の影響で海水温が低いため)、かつ太陽エネルギーも最強のサハラ砂漠より広大な理想的な海域が南半球に拡がっています。それ以外の赤道から±20°以内の海域については熱帯低気圧の危険度は我が国近海ほどには高くはないもののゼロではないため退避行動が不可欠ですが,1ヶ月程度先の熱帯低気圧に特化した予報技術を発展させることで熱帯低気圧を確実に回避できる筏船団の航行が可能と思われます。 また津波については沖合深海域での影響はほぼ無視でき、地震については浮遊物体へは横揺れのエネルギーは伝わりません。このように可動性を生かすことで自然災害への備えは大幅に軽減され、筏の設計簡素化が可能となります。

2050年までにこのメガソーラー筏発電構想を実現させるための主要な技術課題は以下の3点です。送電ケーブルに依らない発電エネルギーの輸送手段として発電エネルギーを水の電気分解により水素に変換しそれを液化・MCH(メチルシクロヘキサン)化・アンモニア化などの方法でタンカー輸送する技術、または大量のEV(電気自動車)用バッテリーのパッケージ化により電気エネルギーのまま輸送する技術。筏を覆う帆布と一体化された薄膜・撓み性で変換効率12%以上が期待されるCIGSタイプ・有機色素増感タイプなどのソーラーモジュールの開発と膨大な数(例えば16万枚)のモジュールからの発電電力の集電・貯蔵技術、塩水環境での保守・運用技術。筏本体については例えば総面積25km2の場合、25m四方のサブユニットを16個連結した100m四方の筏ユニット2500個をユニバーサルジョイントで簡便に現場接続できる構造の開発と製作・運搬・組立・保守、風力と海流による省エネ帆走技術。これら3技術は極めてハードルが高いように見えますが、実はその基本的要素技術はすでに存在しており、それらを組み合わせて小規模試験から大規模試験へ実証を重ね、実用化していくことが鍵となります。

このようにメガソーラー筏を低緯度太平洋に浮かべて,日射エネルギーの高い公海上を帆走し太陽光発電を行うことにより自然エネルギーを大量供給するシステムの経済的成立性について概略評価しました。その結果、水素市場価格を30/Nm3とした場合にその50%増しの補助金政策によれば成立性はあるが,市場価格を達成するにはコストに占める割合の大きい筏構造の革新によりコストダウン努力が必要であり,また水素化輸送する場合には大きなコストを占める関連施設について,さらなる技術革新・量産化・大型化などによるコストダウンが必要となることが分かりました。

ハードルは決して低くはないですが,低緯度太平洋でのメガソーラー筏発電システムについては太陽電池技術やバッテリー技術など関連個別技術の近年の急速な発展のおかげで必要な基本技術は既に我々の手の届くところになりました。これらを組み合わせることにより、原子力発電所並みの大規模化に至るには更なる規模拡大段階段階は必要にしても、30年ほどの技術開発期間で基本的システムの実用化が可能と考えられます。 勿論、これは大きなチャレンジであり、ハードルの高さは並大抵ではないでしょう。しかしカーボンニュートラル自体が正に未曽有のチャレンジであり、浮体式洋上風力開発も未経験で非常にチャレンジングなタスクであることは明白です。風力と太陽光との違いは前者が現地試験も含め既に多くの具体的検討がなされているのに対し、後者は何故かほとんど考慮の対象になってこなかった点で、まずはその可能性について真摯な検討が必要です。また、公海の発電筏による利用に道を開くための国際的合意形成活動を開始する必要があります。

なお、太平洋は米中の覇権争いの場となっており、軍事的緊張にある環境下でこんな海洋利用構想はそぐわないとの意見も出されると思います。しかしそんな国際情勢だからこそ,我が国が全く別の次元に立ち地球規模での自然エネルギー利用を太平洋島嶼国はじめ広く各国に呼びかけ主導することで、国際平和への極めて大きな貢献につながるのではないでしょうか。

我が国の基幹エネルギーの再エネ化100%を実現するための残された選択肢として、浮体式沿岸風力と並行して、太平洋公海域での太陽エネルギー利用の可能性にも視野を広げ、その基本的調査とR&D計画に直ちに取り掛かることを提案したいと思います。  

参考文献:

國生剛治 (2016):低緯度太平洋メガソーラー発電筏の概略成立性,太陽エネルギー 日本太陽エネルギー学会 Vol.42,No.6,61-67.

中央大学理工学研究所プロジェクト研究2014年度報告書(2014):「低緯度太平洋ソーラーセル帆走筏発電 システムの成立性」、低緯度太平洋ソーラーセル帆走筏発電システムの成立性研究会 http://www.civil.chuo-u.ac.jp/lab/doshitu/top/houkokusyo%20honsastu.pdf

 

以下には上記の構想について多少詳しい内容をお示しするために、2020年1月に土木学会エネルギー委員会主催講演会で行った講演をベースとしたパワーポイントを掲載します。

                           

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